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第1部1章 アレントの政体変革論 [提言]

第1部 歴史をふまえ、現状を見つめて、未来へ

はじめに
 本書の目的は今あるデモクラシー=自由民主主義政体に代わる、もう一つの
デモクラシーの構想を提示することにある。新しい政体の名前は今後考えるこ
とにして、今は仮にネクスト・デモクラシーと表記することにしたい。以下で
は、本書の主な構成とその意図を簡単に説明しておこうと思う。
 新しい政体の構想を作り上げるためには、まず、基礎となる政治思想を確立
していくことが必要とされる。次いで、その思想を現実のものとするのに最も
適した政体構想をデザインしていくことになる。
 これらの作業を進める上で筆者が心がけたのは、各種の理論・学説に学ぶこ
とに加えて、近代の国家と民主制がたどってきた歴史の経験に学ぶことである。
特に政体構想をデザインするためには、自由民主主義政体の形成時点からの歴
史に含まれる各種の事象が参考になると思われたので、改めてその歴史の流れ
をたどってみた。
 そうした準備作業を続ける中で、どうしても解決しなければならないと思う
2つの中心的課題が浮かび上がってきた。1つは、よりよき民主政体を実現す
るためには、近代の産物である国民国家という枠組みからの離脱を図らなけれ
ばならないということである。もう1つは、何よりも、自由民主主義政体の中
軸となっている代議制民主主義の制度を他のものに置きかえなければならない
ということである。
 そう考えつつ参照すべき政治思想・理論の文献を見ていくうちに、ハンナ・
アレントの戦後の著作の中に、これら2つの課題への答を明言した部分がある
ことを知った。それは、『革命について』(1963年)、『暴力について』
(1972年)の2冊である。彼女は、これらの本の中で、近現代史に繰り返
し現れた「評議会制」をモデルとした新たな民主主義への変革のビジョンを語
っている。その仕組みと理念を持つ新たな政体の実現によって上記の2つの課
題の解決が可能になると、希望を持って語っていたのである。
 筆者は、アレントの提言に代替ビジョン形成の可能性を感じる。また、それ
を支える政治思想についても、共鳴する部分がある。しかし、現代の世界・社
会に見られる問題状況や、諸条件の変化を考えてみると、その構想だけでは十
分とは言えないという思いも持った。したがって、そうした条件の変化に合わ
せ、民主主義の実現のために看過できない諸問題の解決を図る方向で、思想と
構想の発展を目ざすべきだと考えるようになったのである。いわば、アレント
の変革論の現代化・補完の作業が必要だと考えたのである。
 もう1つ、そうした作業の中で考えたのは、歴史的には革命の機関であった
評議会をもとに平時の政治機構を案出しようとしているわけなので、後者とし
て安定したものにするには、どうしたらいいかということである。結果的に、
この点も解決した形のビジョンをまとめることができたと感じている。
 ということで、第1章ではアレントの提唱のアウトラインを示し、説明する。
続いて、第2章では国民国家の本質的問題点、第3章と第4章では自由民主主
義政体の来歴、第5章では近年の「デモクラシーの衰退・危機」問題について
述べていく。これらの歴史をふまえ、現状を見つめて、新たな政体を構想して
いきたいと思うのである。

1章 構想への手がかり―アレントの政体変革論

[ 1 ] アレントの提唱
 提唱の内容は『革命について』(1963)の文章と『暴力について』(1972)の
インタビュー記録に見ることができる。インタビューの中でアレントが語った
のは、「これまでの主権国家の概念に代えて、新しい国家概念を生み出す必要
がある。」、「官僚組織と政党政治に代る新しい政治形態は評議会制度である。
」、「これは歴史上くり返し現れた、たった一つの代替案である。今後、この
方向で何かが見つかるに違いないと私は思う。」等の言葉である。研究書の資
料によれば、この方向での発言は1958年から始まっていたことがわかる。
また、そのきっかけとなったのは1956年のハンガリー革命であったと指摘
されている。現代の歴史と向き合い、考察を重ねる中で生まれてきた考えであ
ったことがわかるのである。
『暴力について』所収のインタビュー記録には、国家観についての考え方も含
めて変革すべきこと、評議会制がその可能性を示すものであることも語られて
いる。当該の個所を引用しておこう。

[ インタビュー記録の発言内容 ]
このインタビューは、1970年夏にドイツの作家アデルバート・ライフが聞
き手となって行われたものである。当時の学生運動などについての対話がなさ
れた後、最後の5ページ分に以下のやりとりがある。

ライフ:「先生の『暴力について』というご本の中で、先生はこう言っておら
れます。『国家の独立と国家の主権とが同一のものと考えられるかぎり、戦争
の問題の抽象的解決法さえ考えられない。』それでは、先生はどのような国家
観をお持ちなのでしょうか。」
アレント:「私が考えているのは、現在の国家観は変えなければならないとい
うことです。われわれが『国家』と呼んでいるものは、十五、六世紀以来のも
のに過ぎませんし、主権という概念も同じです。主権はいろいろな意味を持っ
ていますが、一つには国際間の対立は戦争によってのみ解決できるのであって、
それ以外に最後の手段はあり得ない、ということを意味します。しかしあらゆ
る平和主義構想とは別に、暴力の手段がこれほど拡大された今日では、大国間
の戦争は不可能です。とすれば、戦争という最後の手段に代るものは何かとい
う問題が起こるわけです。主権国間には戦争以外に最後の手段はありません。
戦争がもはやその役割を果たさないのであれば、その事実だけでもわれわれが
新しい国家観を必要としている証拠になります。(中略)
 革命は新しいものを打ち樹てたにもかかわらず、国家観あるいは国家の主権
という考えを揺るがすことができなかったと言った時に、私の頭にあったのは
『革命について』という本の中で多少詳しく説明しようとしたことなのです。
一八世紀の革命以来、大きい変動があるたびにまったく新しい政治形態ができ
あがるのですが、それはそれ以前のあらゆる革命理論とは無関係に、革命自体
の中から生まれ出るのです。要するに、行動の経験と、その結果として生まれ
るところの政治に引き続き参加したいという行動者の意志とから生まれ出るの
です。
 この新しい政治形態が評議会制度であり、それはいつの場合にも、結局国家
の官僚組織、または政党機関によって滅ぼされてしまったことは周知のとおり
です。この制度がまったくのユートピアなのか、その点は私には分りません。
しかし歴史上に現れた唯一の可能性であり、それも繰り返し現れたものです。
(中略)この方向に何か新しく発見できるもの、今までのものとはまったく違
う組織の原則があって、下から発生して次第に上に向かって進み、最後には会
議体に到達できるのではないかと私は思います。
 ヒッピーや中退学生の原始共同体はこれとは別です。公共生活や一般政治の
全面的否定がそれらの基底をなしているのです。(中略)政治的には無意味な
存在です。これに対して、評議会は始めは小規模なもの―たとえば隣組評議会、
専門職評議会、工場内評議会、アパート内評議会―であっても、彼らとは正反
対の意図を持っています。
 評議会は次のような意図を持っているわけです。われわれは参加したい、議
論したい、公衆にわれわれの声を聞いてもらいたい、そしてわが国の政治の進
路をわれわれが決定できるようになりたいのだ。しかし全国民が集まって自分
の運命を決定するには国が大きすぎるので、国内にいくつかの公の場所が必要
である。政府は問題にならない。政党内においてわれわれの大多数は操られる
存在にすぎない。しかし仮に十人であっても、テーブルの回りに腰かけてめい
めい自分の意見を述べ、他人の意見を聞くとすれば、その交換を通して合理的
に意見がまとめられるのである。理性的な意見の交換がなされる。そして一つ
上の評議会でわれわれの意見を代表して述べるのは誰がもっとも適当かおのず
から明らかになる。またそこでわれわれの意見は他の意見の影響で明確になり、
改訂され、あるいは誤りがはっきりする。
もちろん、全国民がこのような評議会の構成員となる必要はありません。すべ
ての人が公事にたずさわりたいと思うわけではないし、その必要もありません。
そこで一国の中で政治上の真のエリートを集める選出の過程ができあがります。
私はこの方向に私は新しい国家観の形成の可能性を見るわけです。主権の原理
とはまったく無縁であろうこの種の評議会国家は、あらゆる種類の連邦に適し
ています。特に権力が縦に形成されるのでなく、横に形成されるからです。
しかし実現の可能性はと今聞かれれば、あるとしてもきわめて少ないと答えざ
るを得ません。それにしても、そうですね。この次の革命の後には案外できる
かもしれません。」 
 この談話の内容から、アレントは評議会制が新しい政治形態であるとともに、
主権国家に代る新たな国家観を生み出す可能性を持つものとして見ていたこと
がわかる。それは、大国間の戦争が不可能になった時代にふさわしい国家観で
あると捉えられている。
 また、評議会制のもとで、どのように政治的決定がなされていくかの具体的
なイメージも語られている。全国各地の小さな評議会で最初の討論が行われ、
それが次第に集約され、反映される中で、全国住民の集団としての意思がまと
められていくイメージである。それは、明らかに既存のデモクラシーとは異な
る、もう1つのデモクラシーの像を描き出している。

[ 2 ] アレント評議会制論の意図と背景
 これらは実践的な意味を持つ主張なのだから、その内容の検討に先立って、提
唱に込められた思いや核心にある理念、さらには時代背景の下での形成の経緯に
目を向けておきたいと思う。
 1970年のインタビューを読んで、第一に感じたのは、アレント自身の中
に変革への熱い思いがあったということである。その語り口からは、できれば
評議会制の民主政体を実現したい、実現すべきだという情熱が伝わってくる。
一方では、現状では実現することが難しいという認識と同時に、わずかながら
ある可能性を追求していきたいという思いも感じられるのである。そこには、
アレントの行動する思想家としてのアイデンティティが現れている。
 その形成過程については、ハンガリー革命の影響に先立って、1930年代
の人民戦線および1940年代のレジスタンスへの肯定的評価があったことが
指摘されている。川崎修『アレント ―公共性の復権』(1998年)では、
以下のように述べられている。
 「 アレントは、一九四五年に「政党・運動・階級」と題された論文を発
  表している。内容的にはかなりの程度、『全体主義の起源』と重複して
  いる部分も多いが、その中で、全体主義以外の『運動』についての言及
  があることが興味を引く。(中略)
   しかし、この論文の中でアレントはナチズムと共産主義以外に、もう
  二つの運動がヨーロッパに存在したと述べている。それが、一九三〇年
  代の人民戦線と一九四〇年代のレジスタンスである。
   彼女によると、これらの運動は『古い政党制の外部に存在している』。
  この点ではナチズムや共産主義と同じとはいえ、人民戦線やレジスタン
  スは政党制の『解体』の結果ではなく、『人民の政治的な再組織とその
  政治制度の新たな統合の企て』なのである。(中略)彼女によれば、レ
  ジスタンスは人民戦線から、『(たんに諸階級ではなく)人民を政治の
  主体として主張するという原則を受け継いだだけでなく、正義、自由、
  人間の尊厳、市民の基本的責任といった政治生活の基本概念の復活に表
  現されているような、新しい政治的情熱をも継承したのである。』(中
  略)『とりわけ、レジスタンス運動は、すべてのヨーロッパ諸国におい
  て同時的に、しかしまさしくそれぞれ独立に発生した。そして、これと
  同様に同時的かつ独立的に、彼らは連合したヨーロッパの観念を発展さ
  せたのである。次第に、彼らはお互いに知り合いお互いを認め合うよう
  に努め、ついにはよく似た要求と同じ経験によって結ばれた、一つの全
  ヨーロッパ的な運動の諸支部のようになるまでに至った。(以下略)』
   直面する問題そのものへの洞察に促された自発的な連邦化の構想、こ
  れはまさに、次章で述べるようにアレントが後年、アメリカ合衆国の建
  国に見いだすストーリーそのものであった。
   一九四五年、ヨーロッパ文明の崩壊の年、ネーションと階級社会に依
  存しない市民の自発的な秩序形成としての政治秩序への長い模索を、ア
  レントは始めていたのである。」
 この記述により、アレントの評議会制構想は、第二次大戦中からのオルタ
ナティブ政体模索の長い道のりの末に得られた答であったことがわかる。ま
た、アレントの伝記に示される、亡命までのユダヤ人運動への参加の経験に
も裏打ちされたものであったことも見えてくるのである。それはまさに激動
の20世紀を生きる中でアレントが見出した変革のビジョンであった。
 さらに、「歴史上くり返し現れた、たった一つの代替案。」という表現か
らは、答はこれしか無いという強い確信とともに、上記の思索の道のりの中
の中でこれを見出し、見定めたという思いがあったこともうかがえる。この
ことから連想されるのは、1871年のパリ・コミューン樹立を目撃したマ
ルクスが「そのもとにおいて労働の経済的解放が達成されるべき、ついに発
見された政治形態であった。」と著書『フランスの内乱』の中に書いたこと
である。両者の政治思想はいろいろな点で異なるものの、民衆の自治的政府
を支持し、自らの未来ビジョンに取り入れる点は共通していたことがわかる。
アレントの場合は、1956年のハンガリー革命をリアルタイムで見ている
。この出来事を見て、評議会制こそが新しい統治形態にふさわしいものだと
いう確信を強めたのだと思う。
 『革命について』の中で、アレントはハンガリー革命について以下のよ
うに書いている。
 「 たとえばハンガリーの場合、あらゆる居住地域に出現した地域的な
  評議会、街頭における共同の闘争の中から成長してきたいわゆる革命
  評議会、ブタペストのカフェで生まれた作家や芸術家の評議会、大学
  における学生・青年評議会、工場の労働者評議会、軍隊の評議会、公
  務員の評議会等々があった。このような種々雑多な集団の中にそれぞ
  れ評議会がつくられた結果、多かれ少なかれ偶然的であった近接関係
  は、一つの政治制度に変わった。
   この自発的な発展の中でもっとも驚くべき局面は、この二つの例に
  おいて、ロシアの場合は数週間、ハンガリーの場合は数日もするとこ
  れらのいちじるしく雑多な独立した機関が、地域的・地方的性格の上
  級評議会を形成しつつ、協力と統合の過程を促進しはじめ、ついには
  これらの地域的・地方的性格の上級評議会から全国を代表する会議の
  代議員を選挙するまでになったということである。
   北アメリカの植民地史における初期の契約や協合や同盟の場合と同
  じように、ここでも連邦の原理、すなわち別々の単位のあいだの連盟
  と同盟の原理が、活動そのものの基本的条件から生まれたのであって、
  広い領土における共和政体の可能性にかんする理論的考察によって影
  響を受けたのでもなく、共通の敵の脅威をうけて結集したのでもない
  ことがわかる。共通の目的は新しい政治体を創設することであり、新
  しいタイプの共和政体をつくることであった。」(『革命について』
  1963年)
 川崎修が書いているように、ここからも、アレントが評議会の組織の特徴
とアメリカ合衆国の形成過程の間に共通点を見出していたことがわかる。1
つは、自発的な連邦の原理、すなわち「別々の単位のあいだの連盟と同盟の
原理」が活動そのものの基本的条件から生まれたこと、2つ目は、「共通の
目的は新しい政治体を創設することであり、新しいタイプの共和政体をつく
ること」であったと述べているからである。

[ 3 ] 引用箇所からわかること・注目した点
 その他にも、インタビュー記事と川崎が伝えたことの中に、注目すべきと
感じたことがいくつかあった。以下のようなことである。
 ① 「主権国家」に代る、新しい国家観が必要だと主張していること。
  アレントは、1つの理由として、大国間の戦争が不可能になっているこ
  とをあげている。新たな国家観の内容としては、評議会制と連邦制の結
  合というビジョンを示している。
 ② 評議会制を、代議制・政党政治とはまったく別種の民主主義として見
  ていること。相違点の中心として、民衆の活動によって生まれ、維持さ
  るものであることをあげていること。
 ③  評議会制のシステムは、民衆の生活圏から始まり、下から上へと積み
  上げられていくという特質を持っていると見ていること。
 ④  評議会の政治は、民衆の政治参加への熱望に支えられ、各レベルの評
  議会における理性的な議論によって営まれていたと見ていること。
 ⑤ 権力について、「縦に形成されるもの」から「横に形成されるもの」
  という変化が起きていたと見ていること。
 ⑥ 上記の過程で自然に生まれる「民衆の中のエリート」が引っ張ってい
  く政治になるだろうと見ていること。
 ⑦  ハンガリー革命のように、多様な属性の人々が参加する評議会制がイ
  メージされていること。
 アレントが評議会制という歴史事象に惹かれ、変革のビジョンとして提唱
しようと思った理由は、以上のようなことであったと思われる。
 『革命について』の中では、これらがさらに詳しく述べられているので、
第2部1章で見ていくことにしたい。

[ 4 ] アレント構想の現代化を目ざして
 私は、冒頭に記したように、アレントの提唱を代替ビジョン形成の可能性
を示すものとして評価している。しかし、現代における民主政体ビジョンと
しては、いくつかの足りない点があると思う。
 例えば、深刻化しているエスニシティによる対立や差別をどうするのか。
格差と貧困の問題をどうするのか。現代の政体ビジョンは、これらの問い
にも明確に答えるものでなければならない。また、各国で見られる党派対
立の激化による分断の深まりという状況をどう乗り越えていくのかについ
ても答を出さなければならない。
 一方で、現代においては、新たな民主主義の実現・確立に役立つと思わ
れる変化も起きてきている。例えば、日本でもコミュニティ再生の兆しが
あること、地方の衰退が逆に市民主導の「まちおこし」の必要の意識を生
んでいることなどである。とすれば、これらの要因を活かし、促進できる
政体はどのようなものなのか。革命時の一時的な機関としてではなく、平
時の政治・行政機構として機能する、安定したものにするには、どうした
らいいのか。これらの問いにも答えるものでなければならない。
 こうした新たな政体の基礎となる思想を深めていくためにも、まず、国
民国家の本質および自由民主主義政体の歴史と現状を見ておくことは有意
義であると思う。以下の各章ではそれらについての考察を述べることにす
る。

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